ディスクレビュー

Metallica『Blacklist』の先行リリース群が抱かせる名作トリビュートアルバムの予感【後編】


※この記事は後編です。前編はこちら。

Holier Than Thou

3曲目として収録されている“Holier Than Thou”は前編の2曲と比べてスラッシュみが強いナンバーだ。刀の様な鋭いダウンピッキングのギターが耳をつんざいていく。しかし過去作と比べて大きく異なる部分があり、それは以前のような前ノリではなくジャスト気味で感じられるグルーヴだ。その分要所では、リフの頭拍が3連になることでドライブ感を感じさせる。Kirk Hammettの代名詞といえるワウを使用したギターソロも健在だ。

少し脱線するが、ここでメタルキッズ英語豆知識教室だ。曲名の一部になっている「Thou」は二人称単数代名詞であり、「You」と同義である。尚、現在では「Thou」は殆ど使用されていない。ちなみに過去のシェイクスピアの作品では上級階層が下級階層を呼ぶときに「Thou」を、また逆の立場では「You」が慣習によって使用されていたそうだ。関心のある方はこちらをご覧いただきたい。

今曲はパパラッチなどのゴシップを扱うマスコミへの怒りを歌っているが、「お前らは下だぞ」の意で「Thou」を使用しているのではないかと私は勝手に推測している。

今作『Blacklist』では5組のアーティストがカバーしており、既に2組のカバーが先行リリースされているが、その中でも1曲を抜粋して本記事では書いていく。

Biffy Clairo

7月頭に先行リリースとして配信されたのは、スコットランド出身のBiffy Clyroによるカバーだ。彼らはハードコアのサウンドを根底に見せつつ、ストレートなロックを芯に据えているのが特徴のオルタナティブ3ピースバンドである。個人的には参加アーティストの中に名を連ねるとは到底思いもしなかったため、驚きを抱いたまま本記事を執筆している。

いかがだろうか。これまで取り上げた中で最も原曲とかけ離れたカバーがここにきてやってきた。冒頭で鳴るアナログシンセは原曲のような暗い短調と、対になっている明るい長調が入れ替わりながら流れていく。どこからやってきたのだろうか。サウンドは曲全体を通じて解像度が高く、サビでは敢えて盛り上がりを落とすという最近流行りのアレンジっぷりだ。

もはや別の曲と言っても過言ではないだろう。サビのメロディラインのように指標となる原曲のフレーズは一応は存在するが、ビートもまるっきり変わっていて、何より展開は完全オリジナルだ。個人的にはちょっとやりすぎではないかとも思うが、『Blacklist』の新たな一面を取り上げるという意味で今カバーをピックアップした。

The Unforgiven

『Black Album』きってのパワーバラードだ。この時期は、Vo.のJames Hetfieldが全盛期であるという声も少なくないが、それが最も顕著に表れた曲ではないだろうか。曲全体を通して見られる「静と動」の見事な歌い分けがその片鱗を見せる。そして、パワーコードとクリーントーンのアルペジオの対となるギター主体で曲が展開される部分にもそのギャップを感じ取ることができるだろう。

『Black Album』の中で最も好きな曲として挙げるファンもいる隠れた名曲(隠れてない)であり、Twitter上であるフォロワーが、「ブラックアルバムを駄作という人は一度この曲を聴いてみて欲しい」と発言するほどでだ。

今作では7組のアーティストがカバーしている。既に3組のカバーがリリースされており、その中でも1組を抜粋して取り上げる。

Ha-Ash

今曲のカバーはどのアーティストを抜粋しようか極めて迷った。かたやインディーデュオの粗削りなカバー、かたやラップが入っていて原曲独特の哀愁が皆無になるカバーなど、選択は難しかった。その中でも女性ポップデュオHa-Ashが最も原曲を彼らなりにアレンジしていると感じた為、今回は彼らのカバーを抜粋する。

先述した「静と動」を最も歌声で表現しているのは現時点では彼らではないかと個人的には考えている。バラード調のアコースティックギターに絡み合う、渋みと深みが両立した歌声が彼ら独特の哀愁を漂わせている。

中盤以降は突然のラテン調のアレンジで曲が移行していく。これに難色を示すリスナーは一定数いるだろう。しかしラテンポップは彼らの専売特許であり、Weezerのカバーのように「自分たちらしさ」を保つという意図がひしひしと感じ取れる。賛否両論はあるだろうが、このようなカバー曲も『Blacklist』としての魅力を増幅させるものになると私は考えている。

Nothing Else Matters

遂にここまで辿り着いた。前編で取り上げた“Enter Sandman”・“Sad Bad True”と並び歴史に名を刻んだ名曲、“Nothing Else Matters”だ。新しい一面を見せたMetallicaのロックバラードだが、先述の“The Unforgiven”とは異なり、哀愁が第一印象ではない。あくまでも「エモーショナル」な楽曲である。

それもそのはず、ご存知の通り今曲はバンド史上初のラブソングだ。James Hetfieldの恋愛を元に作られ、暗さのなかに一筋の光が差し込むような美しさを曲中から感じ取ることができる。今ではアンセムの1つとしてライブでも大車輪の活躍を見せていることは言うまでもない。

PVにも映っている通りギターソロはJames Hetfieldが演奏しているが、この感傷的な曲調を引き継ぎ、かつ諸手を上げたくなるようなカッコよさは、フレーズやサウンドの組み合わせだけで生まれるものではない。作曲者にしか成しえない、様々な感情が入り乱れたようなこのギターソロは、名ギターソロとして永遠に語り継がれるものの1つだろう。

前編の冒頭でも見せたように今作『Blacklist』では最多の12組ものアーティストがカバーしており、3組のアーティストが先行リリースいる。その中で2組を取り上げ、書き連ねていく。

Miry Cyrus feat. WATT, Elton John, Yo-Yo Ma, Robert Trujillo, Chad Smith

6月末に先行リリースされたこのカバーは、今作『Blacklist』の中で群を抜いて絢爛豪華なアーティスト揃いだ。レジェンドSSWのElton Jhonに始め、Red Hot Chill PeppersのドラマーChad Smithや世界的チェリストのYo-Yo Ma、そして極めつけはMetallicaの現ベースRobert Trujilloだ。 ここにきてバンドメンバー本人が登場だ。当プロジェクト立ち上げ時のMiry Cyrusのインタビューがその興奮を物語っているだろう。 一体どれくらいの$が動いたのだろうか。

今カバーはその豪華さによる、これでもかというような壮大さが耳を包み込む。展開やメロディは原曲とほぼ変わらない為、シンプルなカバーとなっているにも関わらず、しっかりとそれぞれの演奏者がスポットを浴びている、というより当てざるを得ない。今私はスーパーグループの力強さを痛いほど感じている。

タイトだがパワフルなドラムと本家Metallicaの忠実なベースが骨組みした土台に、ピアノ、チェロによるクラシカルなフレーズを要所で挟むことで最強のアンサンブルの完成だ。最後にMiry Cyrusの力強いローピッチの歌声がラストピースとなり今カバーと成る。

聴きなじみはかなり良い方だろう。ネームバリューから考えても、『Blcaklist』で最初に聴く1曲としてもいいかもしれない。

Phoebe Bridgers

8月中旬に先行リリースされたのは、2017年のデビューアルバム『Stranger in the Alps』で注目を受け、昨年のグラミー賞では最優秀新人賞にノミネートされた、今をときめく女性SSWPhoebe Bridgersによるカバーだ。彼女はインディーフォーク/ポップを軸に、キャッチーなメロディと素晴らしいフレーズの足し引きが、聴く人を陶酔させる。初めて知ったという方は、“Kyoto”という我々に馴染みのあるタイトルの曲を是非聴いてもらいたい。

さて、このカバー、「アコースティックダークver.」とでも呼称をつけようか。冒頭のメゾピアノの鍵盤フレーズを軸に決して明瞭ではない物憂い歌声が耳を包み込む。サビでは何声も重ねられた裏声により一縷の光明が見えたと思いきや、また陰に隠れてしまう。フィルターのかかった囁いて来るようなコーラスや、展開と展開の合間に挟まれる弦楽器の絡み合いも相まって、ダークを超えて恐怖すら感じる。

そして、曲全体を通して彼女の持つ「足し引き」のセンスが素晴らしい。曲全体では歌そのもののテンションが一定にも関わらず、弦楽器系のシンセやパッドドラム、そしてそれらにかかるリバーブなど、アンサンブルの足し算だけで曲の盛り上がりを操作している。そもそも原曲で聴き取れる楽器をほぼ全部「引いて」いる前提が怖い。

ボーカルのメロディラインは原曲に忠実なだけに、別の曲には全く聞こえず「カバー」として聴くことができる。編曲の偉大さを痛感するナンバーの1つだろう。

『Blacklist』はどこまでの潜在能力を秘めているのか

ここまで熟考に熟考を重ね、比較的名高い曲を中心に計8種のカバーを取り上げたが、本作『Blacklist』の曲数から鑑みるとそれは5分の1にも満たない。そして今回取り上げなかった先行リリースの曲群を合わせても未だ本作の半分にも満たないのだ。どこまでの潜在能力を秘めているのか。リリースが待ち遠しくて仕方がない。

最後に、公式のトレーラー動画を取り上げてこの記事の締めとしたい。個人的には、トレーラー動画で5秒ほど流れたIZIAの“My Friend Of Misery”に非常に期待している(1:28~)。5秒聴いただけだが、かなりロックな仕上がりが期待できるのではないだろうか。Metallicaフォロワーも文句なしの名カバーとなると予想する。

今作『Blacklist』が、Metallicaのフォロワーとカバーしたアーティストのフォロワーの架け橋になると私は信じている。お互いにいずれかの部分で親和性があると考えているからだ。それぞれが好みでないリスナーも、食わず嫌いせず、是非リリース後には一聴してほしいトリビュートアルバムだ。リリースは9/10である。