ディスクレビュー

Metallica『Blacklist』の先行リリース群が抱かせる名作トリビュートアルバムの予感【前編】


53組のアーティストが参加した前代未聞の作品『Blacklist』

9月10日、Metallicaのトリビュートアルバム『Blacklist』が配信にてリリースされる。


今作の概要は「Metallicaのセルフタイトルアルバムである『Black Album』の楽曲群、計12曲を53組のアーティストがカバーする」というものだ。目を疑った人は少なくないだろう。もちろん53トラック分のボリュームだ。

要するに、“同じ曲を複数のアーティストがカバーする”ということである。下記画像はApple Musicにおける同作品の曲目の一部だ。

曲目でゲシュタルト崩壊を起こすのは人生初だ。”Nothing Else Matters”は説明するまでもなく有名なMetallicaの楽曲だが、本作では12回連続で流れることになる(円盤ではディスクが異なるため連続ではない。数字がリセットされているのはそれが理由だ)。冗談みたいな曲目とは裏腹に、アーティストの豪華絢爛さには目を離せない。

上記画像だけでも、今をときめくSSWのPhoebe Bridgersや、驚異のセールスを誇るポップシンガーMiley Cyrusなどのソロアーティストから、USインディー界の雄My Morning Jacketやスウェーデンの国民的デュオであるRoxxeteのギタリストPer Gessleなどのバンドマンまで、幅広く錚々たる面子だ。

執筆現在では配信リリースまで既に2週間を切っており数曲が既に先行リリースという形で配信されているが、それらの楽曲群からは名作の臭いがプンプン漂ってくる。本記事ではその中でも個人的に印象に残った楽曲を、原曲と共にいくつか紹介する。

グランジブームの波に上手く乗った快作『Black Album』

楽曲紹介の前に、『Black Album』について少しおさらいをしておこう。

1991年、Metallicaとして5枚目にリリースされたセルフタイトルアルバム、通称『Black Album』 は以前の4枚とは一風変わった作品となっており、Metalliacaが「進化」したアルバムとして名高い(一部からは退化したとの声もあるが)。



背景として、当時のアメリカ国内ではグランジブームが沸き起こっていた。それによりメタルは「過去のもの」とされ、それまで栄光を手にしていたメタルバンドはこぞってその波に呑まれ死んでいった。しかしMetallicaはその潮流に抗うのではなく、その波に寄り添うことで生存を果たした数少ないバンドである。

過去作と比較した時の最大の特徴として、やはり「スラッシュメタルからの決別」が挙げられるだろう。速いBPMのいわゆるスラッシュメタル系の曲は控えめに、重いグルーヴ感を纏ったヘヴィな曲が多い。また、7~8分の大曲は少なく、殆どが4~6分代の曲で構成されている。

この「決別」は功を奏した。『Black Album』はバンド史上最高のセールスを記録しただけでなく、幅広いジャンルのアーティスト達に多大な影響を与え、Metallicaというバンドの立ち位置をさらに上げた快作だ。悪く言うと大衆向けであり、一部の古参ファンからは評価が低いアルバムでもあるが、間違いなくバンドのターニングポイントとなった作品であることは言うまでもない。

Enter Sandman

1曲目は語る必要のない名曲“Enter Sandman”だ。アメリカの国歌に近い存在でもある。最高のギターリフと死ぬほど重いグルーヴ感が観客を熱狂の渦へ誘う。

余談だが、この名リフはサウンドガーデンのアルバム『Louder Than Love』からインスピレーションを得、 MetallicaのギターであるKirk Hammettが生み出したというエピソードがある。彼ら自身も、グランジに影響を与えられた1つのバンドということがこのエピソードからでもわかるだろう。

今作『Blacklist』では6組のアーティストがカバーしており、3組が先行リリースされている。その中でも印象に残ったアーティストを紹介する。

Rina Sawayama

8/26に先行リリースされたのはRina Sawayamaによるカバーだ。彼女は2020年にリリースされた自身初となるアルバム『SAWAYAMA』が各音楽媒体から高評価を受け、一躍次世代アーティスト筆頭として名乗りを上げたシンガーソングライターである。今カバーでは本人コメントがHPに掲載されいて、自身の楽曲への影響も語っている。

まず最初に耳に入り込んでくるのは、 どっしりとした、非常に現代的でふくよかなバスドラだろう。原曲はあくまでメタルソングでありアタック重視のサウンドだが、今カバーは正反対のサウンドだ。その他、原曲ではあるはずのないSEのチョイスや曲全体を通したハイファイさが他のカバー群とは一線を画している。極めつけはギターリフだろう。要所でのビブラートやグリッサンドがスパイスとなってドライブ感が半端ない。

展開やフレーズ自体は原曲に忠実で、原曲の良さを生かしたままアレンジワークが施されている。いわば「現代ポップス版Enter Sandman」とでもいったところだろうか。しかし、最後に大裏切りが待っている、最後のサビでなんと転調するのだ。原曲と同じくサビ入りで全音転調する他に、最後のサビではさらにそこから全音、計2音分転調する離れ業を見せている。

1曲目から度肝だ。あまりにもイケ過ぎていて聴きながら思わず笑みがこぼれてしまった。

Weezer

8月初頭にリリースしたアーティストはパワーポップの代表的バンドWeezerだ。彼らは過去にもカバーアルバムを出していて、自身に影響を与えたアーティストを間接的に公開している。その中にMetallicaは入っていなかったが、このプロジェクトに参加するための戦略だったのだろうか。

特徴としてはギターサウンドだろう。いなたくズンズンしているが、本家ほどドンシャリではなくパワーポップらしいミドルがあり、完全にWeezerサウンドに落とし込んでいる。曲のアレンジはRina Sawayamaよりも忠実だが、Rivers Cuomoの脱力感のある歌声が彼ららしさを忘れさせない。

原曲と明らかに異なる点はギターソロだろう。パワーポップのクサさが前面に押し出された、メロディをなぞるギターソロだ。そしてソロ終わりの泣きフレーズは彼らの代表作『Pinkerton』を彷彿とさせる。

しっかりとWeezerらしさを保ちつつMetallicaへのリスペクトも感じる。アレンジはシンプルだが、バンドの特色を出すカバーという面ではピカイチの作品だろう。

Sad But True

2曲目として収録されている“Sad Bad True”、こちらも今作の中ではトップクラスに名の知れたナンバーだ。重量感のある後ノリが特徴で、観客をヘドバンへ導いてくれる。ちなみに、この曲はメタルファンの中で一時期話題になった“Try Not To Headbanging Challenge”にも収録されている。

突然だが、私はKirk Hammettのギターが好きだ。最近のメタルバンドはデジタル化によるハイファイサウンドが多く、個人的にはあまり好みではない。しかしスラッシュメタルの大御所は一味違う。 しっかりとアンプから出てる音色として、ギターの生を感じられて良い。 時々ライブでプロにあるまじき痛恨のミスをすることもあるが、全部チャラだ。

今作では7組のアーティストがカバーしており、既に4組が先行リリースされているが、その中でも2組に絞って紹介していく。

Royal Blood

この曲は、Royal Bloodによるカバーで8/18にリリースされた。PVが特徴的で、「下を向いたCGの人間が下を向きながら歩き続ける」だけの内容となっている。夜中に悪夢として出てくるタイプのPVだ。

念のため確認しておくが、彼らは「ベースとドラムのデュオ」である。ディストーションの効いたロックデュオではあるが、原曲は少なくともギターが2本は使われているのだ。どうアレンジするのか気になっていたが、蓋を開けてみると、オリジナル曲ですと言わんばかりに我が物のように楽曲アレンジが施されていた。

メインリフはもちろんベースでの演奏だろう。ベースボーカルMike Kerrならではのディストーションベースがギターの役割を果たし、そのオクターブ下で鳴っているベースが楽曲に厚みを持たせている(個人的にはオクターバーのエフェクターを使用しているのではないかと思う)。

気だるいボーカルはUKロックデュオとしてのアイデンティティを残し、かつ後半にかけられるボーカルのリバーブやショートディレイのエフェクトが、カバー曲に起こりうる「飽き」を生じさせない役割を果たしている。両バンドのフォロワーが納得のできる作品ではないだろうか。

St.Vincent

上記3曲より一足先の6月末にリリースされたのが、St.Vincentによるカバーである。詰所で1か月引き籠らないと頭に浮かばないようなアレンジワークが特徴で、その深みを一聴のみで理解するのは難しい。しかしその中にもポップな面を感じさせる貴重なSSWの1人だ。

さすがSt.VincentことAnnie Clark、カバーも一筋縄ではいかない。紙を叩いたようなアタック感が強めのローピッチスネアが本編への幕を開けたところで、メタルファンにとっては拍子抜けの、ディストーション感が全くないギターサウンドでリフが奏でられる。弦の感覚がはっきりと伝わるほどの歪み具合だ。原曲の「潰せるところは全部潰しました」感のギターサウンドは皆無である。

曲調は比較的落ち着いているが、これが全体を通して続くことで、原曲よりある種ダークで不安な印象を与える。コーラスは今までのカバー曲にはないクラシカルな雰囲気を漂わせ、それは単なるメロディへのハモりだけでなく、合いの手のコーラスからも感じ取れる。

ギターソロはどのアーティストもアレンジがしやすいのだろうか。今曲も例にもれず彼女らしさが全面に押し出されている。サステインが全くない独特のファズサウンドは彼女の代名詞ともいえるだろう。メロディはブルージーで、 フレーズ作りも抜け目がない。一瞬だが「原曲よりかっこ良いかも?」と思ってしまった。彼女がギタリストとして評価されるのも理解できる。

かなり思い切ったカバー作品だろう。St.Vincentフォロワーからすれば「これこれ!」と思うだろうが、純粋なMetallicaフォロワーからすれば「何か違う」と思うだろう。賛否両論がありそうなナンバーだ。

※後編記事に続きます。