ディスクレビュー

Men I Trust 『Untrouble Album』に宿るノスタルジックな空気の正体とは


カナダの3人組ポップバンドMen I Trust(メンアイトラスト)が8月25日に『Untourable Album』をリリースした。
今年の2月にはSingle”Tides”をリリースしており、既にファンの間ではニューアルバムの発売に期待を寄せる者も多かったと思う。

彼らはこれまでリリースした楽曲からMVまで全てセルフプロデュースを行っており、世界的なロックダウンの中でもそのスタイルは変わらず、本作は閉鎖された環境の中で彼らの深淵とも言える音楽性を顕現させたのではないだろうか。

本記事ではこれまでの彼らの変遷と、最新アルバム『Untourable Album』に内包されたメンバーの想いを紐解いていく。

Men I Trustとは

Men I Trust(メンアイトラスト)はカナダのモントリオールで活動するインディーポップバンドである。

2014年に、Jessy CaronとDragos Chiriacによって結成され、その年にセルフタイトルのアルバム『Men I Trust』がリリースされている。活動当初はボーカルが固定されておらず、初期アルバムのレコーディング時にもOdileやHelenaなどの様々なゲストボーカルを迎え入れた形でリリースに至っている。

初期の頃はビートの音色によって非常にエレクトロな印象を抱くが、ボーカルのリバーブ感からはドリームポップからの影響を色濃く感じる。シンセのコード感からもどこか妖艶な色気を感じさせており、ジャジーかつエレクトロという、これまでになかったインディーポップの音像により一気に注目を浴びる形となる。

このアルバムでは”System (ft. Gabrielle & Marie-Renée)”が彼らの今日まで続いている、主軸となる音楽性だと思うのだが、筆者個人としては”Dazed (ft. Geoffroy & Gabrielle Shonk)”や”Endless (Strive ft. Thomas)”などディープハウスからの影響を強く感じる非常にクールな楽曲が含まれていることも注目するべき点だと思う。

この1枚だけでも様々なスタイルの楽曲が含まれているので、まさに彼らの入門編としてもふさわしい作品となっている。

1st Album『Men I Trust』のヒットもあり、世界最大のジャズフェスティバルであるモントリオール国際ジャズフェスティバルやカナダで開催される北米最大の夏フェスことケベック・シティー・サマー・フェスティバルなど立て続けに出演が決まり、彼らは更なるファンの獲得に繋げていくこととなる。

翌年の2015年にリリースした2nd Album『Headroom』では、1st Albumから続投となったOdileやHelena達と共に、新たにEmamanuelleがボーカルとして参加することになった。そう、現体制のボーカルことEmmanuelle Proulxのことである。

このアルバムは、1stにあったディープハウスの側面が減った代わりに、よりドリームポップの影響が色濃く出ている。しかし、インディーバンドが奏でるドリームポップというジャンルに収まらず、彼らの持ち味であるソウルやR&Bのビートやコード感は前作から引き継がれ、より洗練された切れ味を味わえる。

その楽曲の規模感も更に拡張されており、中でも”Offertorio (ft. Nicolas)”ではグレゴリオ聖歌やルネサンス期のポリフォニーの様な荘厳なコーラスと音像に、彼らのクラシカルなリファレンスを感じることが出来るはずだ。

彼らのスタイルが確立されたとも言える名盤『Headroom』のリリース後、ゲストボーカルであったEmmanuelle Proulxは正式にMen I Trustに加入が決定する。
3人体制となった彼らは、中国や北米でのツアー遠征など更にその活動範囲を広げながら、シングル楽曲も立て続けにリリースし、2019年にはコーチェラ・フェスティバルへの出演を果たす。

その後、Emmanuelle Proulx加入後にリリースしたシングル楽曲8曲と新たに制作した16曲の合計24曲の楽曲群からなるアルバム『Once juzz』をリリースし、そのバンドとしての圧倒的ポテンシャルを世界に知らしめることになる。

『Once juzz』の収録楽曲でもあり、彼らの代表曲の一つである”Tailwhip”では、これまでにも片鱗を見せていた彼らのメロウな音像が彼らがインタビューでも影響を受けていると公言しているファンクやディスコなどの音楽性と見事に融合しており、独自のスタイルを確立していることが窺えるだろう。

特にEmmanuelle Proulxによる、ハスキーで大人びた歌声によるドリームポップ的要素や、どこか懐かしさを感じさせる音色に乗せられたチルな雰囲気は唯一無二と言っても過言ではない。

彼らの音楽性の素晴らしいところは、リリースするごとにポップスに寄せていくだけではなく、初期から機軸となっているメロウな楽曲に関しては、その要素を徐々に増幅させて、かつ余分な要素を削ぎ落としている点だろう。

特に彼らの中で最も再生されたミュージックビデオでもある”Show Me How”では、これまでもインスピレーションを受けていた90年代式R&Bの曲調にコーラスをかけたギターとグルーブのあるべースラインを無駄なく乗せており、ミニマムな中に彼らの音楽性を見出すことが出来る。

『Untourable Album』について

本題へと移るが8月25日にリリースされた『Untourable Album』は、写真家Lynn Goldsmithが1984年にカナダのハリファックスで撮影した写真をジャケットに用いており、前述した通り彼らがロックダウン期間に制作されたものである。

リリースするごとにその音楽性を徐々に拡張していったMen I Trustだが、今作は一言でまとめると彼らの〈音楽的深度〉を深めた1枚になっていると言える。

アルバムの1曲目”Organon”から、微睡む様な空間に響くEmmanuelleの声と、ゆったりとしたビートで聴くものをドリームポップな空間に誘っていく。
2曲目の”Oh Dove”はこれまでにリリースした”Numb”を思い出させる様なグルービーなナンバーであるが、ここで注目すべきはやはりDragosによる、トークボックスを用いた歌声だろう。

11曲目の”Lifelong Song”でも用いられているがDragosの影響を受けたものから考えればイタロ・ディスコや、Daft Punkなどのハウス系からインスピレーションを受けたことは明白ではある。しかし安易にそれを音楽性ごと流用せずあくまでも彼らのバンドサウンドに則って用いているところがニクい。

3曲目の”sugar”でもMen I Trustの武器とする〈懐かしさ〉を強く意識させる様にレトロな雰囲気を感じさせてくれるのは、彼ら自身がその音楽性を80年代R&Bの海に身を投げていることから考えれば納得だろう。

トレモロを聴かせたシンセサイザーが印象的な”Sorbitol”では要所で顔を出すリフにMild High Clubの”Homage”からの引用する点などもJessyとDragosのジャズ的アプローチなのだろうか。違和感なく馴染みつつも知っている人は思わず笑みが溢れる様な演出だ。

他にも90年代R&Bを彷彿とさせる”Tree Among Shrubs”を含めた13曲の楽曲によって構成されている今作だが、ここまで読んだ読者は気づいただろうか。
今作で新しく顔を出した音楽的側面も全て、元を辿れば彼らの源流に辿り着くのである。

ドリームポップ的な音像を主軸に組み立てられるのは往年のR&Bであり、特にスロージャム的なアプローチが入っていると80年代の中でも前半の音楽を意識していることが見受けられる。

彼らはそういった要素やファンク・ディスコを指標としつつも、ドラムのビートそのものを後ろで鳴らすアプローチや、ミニマルに抑えている側面を考えれば、あくまでインディーバンドのサウンドの中で楽しもうとしていることがわかるはずだ。

往年の音楽から彼らなりの音楽性を掘り進め、気づけば2020年代のMen I Trustにしか辿り着けない領域に入ったというのは非常に興味深い事実だと思う。

コロナ以前より、3人は基本的な生活の中で音楽制作に充てる時間がほとんどであると明言していたが、ロックダウンという外界から遮断された日々で作ることは、彼らの音楽性にさらなるフォーカスを当てることに繋がったのではないだろうか。

今作『Untourable Album』を提げて12月までツアーも控えているMen I Trustだが、更なる進化を経た彼らはライブでも我々を深いインディードリームポップの海に誘ってくるに違いない。