ディスクレビュー

KANA-BOON 「HOPE」が表現する、痛みを感じてきた僕らへのアンサー


3人組ロックバンド・KANA-BOONの新曲、「HOPE」が8月8日にリリースされた。この曲は昨年のボーカル・谷口鮪の活動休止期間を終えて初めてリリースされる楽曲となっている。
赤い林檎に歌詞が刻まれたアートワークの今回の楽曲は、真っ直ぐに現在の谷口鮪本人の気持ちを歌い上げたミドルナンバーとなっている。この記事ではKANA-BOONのここまでの流れを振り返りつつ、本楽曲に込められた想いを汲み上げれたらと思う。

KANA-BOONというバンド

KANA-BOONというバンドの名前を周りから聞かなくなってどのくらい経っただろうか。
筆者は彼らが邦ロックを牽引していた時代をリアルタイムで追いかけていた人であり、その当時の人気はまさに圧倒的という他なかった。
大阪は堺のライブハウス”三国ヶ丘FUZZ”をホームとし、中高生から人気を得た彼らは次々とキラーチューンをリリースしており、私が追っていた限りでは2nd Album「TIME」をリリースした辺りまで各地のフェスを中心に凄まじい動員数を誇っていた。

デビューアルバム「DOPPEL」の流れを綺麗に受け継いでリリースしたこのアルバムはトレーラーを聴くだけで当時の破竹の勢いを感じることができると思う。「フルドライブ」や「シルエット」など、2015年前後の邦ロック界隈で席巻した4つ打ちブームのお手本の様な楽曲や、メジャーデビュー前から今日まで変わらない谷口鮪による美しいメロディラインが光る「愛にまみれて」など、どこを切り取っても敵無しの時代だったと断言出来る。
以降リリースする楽曲もテレビタイアップを何度も勝ち取り、お茶の間にも周知され続けていた彼らの大きな転換期は3rd Album「Origin」リリースである。

提示した新たな音楽性とぶつかる壁

このアルバムはテーマがアルバムタイトルの通り”原点”ということもあり、彼らの影響を受けた音楽を前面に押し出したものなのだが、残念ながらリリース自体はあまり振るわなかった作品でもある。
筆者も発売当時は聴き込んでいたが、そこには谷口鮪の普遍的なメロディーセンスを核としつつも、従来と大きく変わったサウンドメイキングやビートを取り入れた楽曲で構成されている印象を受けた。

具体的には、それまでに無かったハードロックな音像と四つ打ちのビートが極力排除されており、彼らなりの真っ直ぐなロックバンドとしての方向性を提示した1枚ではあった。
彼らが3rd Albumをこの様な形でリリースした理由というのも、2nd Albumまでの四つ打ちビートによって、ファンからどこか軽い印象を持たれていた背景を考えれば非常に理解できるものではあったのだが、残念ながら当時彼らを聴いていたファンの耳には深く刺さらなかったのでは無いかと思う。

ただ、KANA-BOONの素晴らしいところは「Origin」のリリース自体を決して触れられたくない過去という感じではなく、彼ら自身がその事実を踏まえた上でそれ以降の楽曲を綿密に制作していった姿勢にあると筆者は思う。
詳しくは4th Album「NAMiDA」リリース時のSkream!のインタビュー記事でも語られているので興味のある人は是非目を通してみてほしい。

「Origin」のリリース不振と、2020年に近づくにつれ終息する”四つ打ちブーム”という2つの理由を元に、KANA-BOONからファンが離れてしまったことは事実であるが、このアルバム以降にリリースし続ける楽曲はどれも四つ打ちビートにだけ頼るのではなくその構成や音像も含めて、着実に質を上げている印象を受ける。

筆者個人としては、2年前にリリースした「まっさら」は現在のKANA-BOONでしか鳴らせないサウンドやビートを機軸としつつも、谷口鮪の歌うメロディーの特にエモーショナルな部分が曲の節々に顕れている傑作だと思う。
全体的な曲構成にもメジャーデビュー5年の成熟した余裕を感じつつも、これまでにあったキャッチーな部分を決して捨てずに従来のファンも振り返らざるをえない作品に仕上がっていると思うので是非知らない人はチェックして欲しい。

一時のブームは過ぎたものの彼らは再起すべく、根気よく楽曲制作とライブを行っていたのだが、二つの出来事を経て、ボーカルの谷口鮪は活動休止という選択を取るに至った。

その一つであるKANA-BOONのベースである飯田が不祥事の末、メンバーを脱退したことは彼らのファンなら周知の事実だと思うので本記事では大きく取り上げないが、ここでピックアップしたいのはコロナ禍で生まれたwasabiというユニットについてである。

wasabiについて

wasabiは2020年に谷口鮪が4人組ロックバンド赤い公園の津野米咲と組んだユニットである。
コロナ禍で組んだこのユニット名義での曲はsweet seep sleepの1曲のみだ。

津野米咲の提示したコードとリズムに乗せられる優しげな谷口鮪のメロディーにはKANA-BOONには無かった、どこまでも安らぎへと連れて行ってくれるような雰囲気を感じる。

〈きっとgood night どうか good time なるだけ楽しい夢を見て〉と柔らかに歌う二人の歌声が私たちに寄り添う様に感じるのはKANA-BOONと赤い公園というそれぞれの人気ロックバンドという側面から切り離された別次元の中、二人だけで気の向くまま自由に作り上げた所以なのだろう。

メンバーの脱退、コロナ禍で思う様に活動できない中で見出した二人だけの音楽。
そんな矢先の津野米咲の急逝は、谷口鮪にとってどれほど心が締め付けられる出来事だったのだろうか。
赤い公園とKANA-BOONという、それぞれがお互いをリスペクトしていた関係性の中、ようやく形作られると思われた二人の拠り所は、静かに眠りについた。

HOPEで谷口鮪が見出した答え

本題だが、「HOPE」はコロナ禍に起きた上記の出来事などで活動休止を経て初のリリースとなるシングルであり、その歌詞の中に谷口鮪自身の今の心情が真っ直ぐに、しかし包み込む様な表現で描かれている

〈抱いていて 想いを込めて 綺麗に咲く日まで 赤い林檎をひと齧り 夢で逢えたらいいのにね〉
どこか寂しい気持ちを胸に秘めつつ、優しく過去の記憶を染め上げる様な歌詞はその楽曲全編に色濃く提示されている。楽曲自体のタイトルにもある通りこの曲は「HOPE」=希望を歌い上げているのだ。
忘れられぬ過去をエモーショナルでもセンチメンタルでもなく、真っ直ぐに明るく歌い上げる谷口鮪のメロディーからも、晴れた大空の様な明瞭さを感じることができる。

ロックバンドとして一大ブームを牽引してから現在に至るまでに、KANA-BOONというバンドは非常に険しい道のりがあったと思う。もちろん今回の出来事以降、彼等が順調に進める保証などどこにも無い。
しかしそれは今世界中で起きているコロナ禍の我々にもリンクする部分だと思う。

〈涙が燃え尽きてしまうまで生きよう〉と、これからのバンド人生において、覚悟を持って歌い上げる彼らはきっとこれからも塞ぎ込む様な出来事が積み重なる私たちに希望の灯火となってくれるはずだ。