ディスクレビュー

The Killers 「Pressure Machine」原点回帰の前作から1年、色濃く出た新たな一面


コロナ禍以降のアーティストの動きは、良くも悪くも大きく変化した。SNSを中心とした配信ライブを活動拠点にすることに切り替えたアーティストもいれば、力尽きるように活動休止・解散をしたアーティストなど変化は多岐に渡る。

その中でも、多くのアーティストはコロナ禍以降溜めていた鬱憤を晴らすように、ここ1,2年でコラボやフィーチャリングによる新曲のリリースが増加しているように感じる。

The Killersもそのアーティストの中の1人だろう。事実として、今作の「Pressure Machine」はバンド史上初めての1年スパンでのニューアルバムとなっている。今作以前の全アルバムで全英1位を獲得し、既に確立していた地位をさらに強固なものにしていたにも関わらず彼らはこの短いスパンでアルバムをリリースした。

迷走していたように思われた方向性から一転、原点回帰した前作「Imploding The Mirage」から、今作はどのような方向に進んだのか。今回はThe Killersの軌跡、そして「Pressure Machine」について少しばかり書いていく。

The Killers

The Killersは、2004年にデビューアルバム「Hot Fuss」で鮮烈なデビューを果たし、現在まで第一線を走り続けるビッグバンドの1つだ。

ジャンルは聞く人にもよるが、大きくはインディーロックに分類されるだろう。80年代ニューウェイヴからの影響を感じさせるシンセサウンドが特徴で、Vo.ブランドン・フラワーズの伸びやかな歌声が聴く人を魅了する。

彼らの出世作であり、最も有名な曲である“Mr. Brightside”は歌詞も含めて切ない曲だ。是非歌詞の意味を調べてみてほしい。 たくさんの和訳サイトがあるがこちらが一番しっくりくるであろう。

3枚目のアルバム「Day&Age」からも1曲。しっかりとこちらもメガヒットしている。余談だが、彼らはアメリカ出身のバンドにも関わらず、イギリス国内の方が評価が高い。それを示すように、2019年のグラストンベリー・フェスティバルではヘッドライナーを務めている。

これらの曲からわかるように、耳に残りまくるギターリフ、誰でも口ずさめるメロディラインで構成される彼らのリード曲は、これが売れなきゃ何が売れるという曲ばかりだ。しかも、ただ無個性なキャッチーソングではなく、要所要所で見せるアナログライクなシンセサイザーがキラーズをキラーズたらしめている。

そのシンセサウンドを中心に、彼らに大きく影響を与えたであろうニューウェイヴについて書こうとすると多岐に渡りすぎる為ここでは割愛するが、私はThe CarsSimple Mindsからの影響を色濃く感じる。また、シングルで“Shadowplay”のカバーをリリースしているように、New Orderへのリスペクトも垣間見える。

原点に返りつつも進化を果たした前作「Imploding The Mirage」

今作を語る上で、前作は欠かせない一つの過程だと私は考えている。昨年にリリースされた7枚目のアルバム「Imploding The Mirage」は、古参のキラーズファンにとっては満足度の高いアルバムとなったのではないだろうか。ダンサブルな曲調が多くなり、迷走していたように感じられた以前の彼らはもうそこにはいなかった。

包み込みように煌びやかなシンセサウンド、これでもかというほどキャッチーなメロディ、親しみ深いコード進行、これらによって構成された前作は古参ファンをうならせたのだ。

これだよこれ、これを待ってた。聴き終えた後の多幸感が半端じゃない。

進化したことを表す特筆すべき部分としては、やはり音色、音像だろう。シンセサイザーは80年代ニューウェイヴを感じさせながらも音像は現代的でクリアだ。そして、ただ音を増やすのではなく、展開によって聴かせたい楽器が非常にわかりやすく棲み分けられている。

壮大だがくどくなく、耳もたれがしない。

個人的には集大成のアルバムと言っても過言ではない。

個人的にこのアルバムで最も推したい曲がこの“Dying Breed”だ。「最近のキラーズってどうなの?」と聞かれたらこの曲を聴かせるだろう。リズム、フレーズ、メロディ、どれをとってもキラーズだ。もちろん、過去作と同じというわけではなく、先述のように楽器の足し引き、音像のクリアさなどは進化を遂げて洗練されている。

バンドの特色であるシンセサウンドを曲全体を通してここまで前に押し出した曲もそうそう多くはない。

貴重な一曲だと個人的には感じている。

面舵いっぱいの今作「Pressure Machine」

さて、お待たせしたがここからが本題だ。

印象に残った数曲を書き連ねていく。

アルバムの1曲目というのは個人的には重要な役割を担うものだと考えている。アルバムの色をここである程度掴むことができるからだ。

男女の会話から始まり、シンセサイザーやアコースティックギターの絡み合いとともに物憂げなボーカルで曲が展開していく。サビは伸びやかに歌い上げているが、いつものような華やかさはなく、どこか落ち着いているようだ。スローテンポだからか?いや、そんな単純な理由ではない。

今までのようなキャッチーさはなくそのままフェードアウト。正直かなり面を食らった。

この曲は、MVも公開されていて、一応リード曲の扱いのようだ。そして1曲目とこの曲で確信した。「こいつら、また新たな面を見せてきたな」と。

リード曲というのもあり明るい曲調ではあるが、前作のような派手さはない。しかし、その分リラックスして聴くことができ、かつこの曲からは過去作の壮大さも垣間見える。折衷具合が素晴らしい。

非常に爽やかな曲だ。楽器同士の絡み合いが非常に気持ちいい。アコースティックギターやシンセサイザーからはマイナスイオンがあふれ出ているのではないだろうか。

盛り上がりきらずに曲が終わりに向かっていくのが良い。涼しい森の中で永遠と聴いていたい。

今作の中で最も個人的にお気に入りの曲だ。今までのキラーズと新しいキラーズの”らしさ”が最も両立しているのではないだろうか。

ボーカルや展開は今までの彼らを踏襲しながらも、サビ以外の楽器は極力減らし、何よりドラムの音色がタイトなのが新鮮に聞こえる。キャッチーな仕上がりにはなっているが、 ギターの生音感が強いことで無駄な派手さがなく、等身大だ。

相変わらずメロディは最高だし、ブランドンフラワーズ節全開の1曲でもある。

内省的な一面を押し出した作品

アルバムを聴いて初めて出た感想は前作と同じバンド…?というものだった。正直困惑した。古参ファンを蹴り倒していく音が聞こえた。

しかし、アルバムを通して聴くにつれなるほど…と思わされ、感心してしまった。そのくらい統一感を感じることのできる作品だ。

前作と比べ素朴で、内省的な部分が前面に出ている印象を受け、それに伴って郷愁を誘い、自然と穏やかな気持ちにさせてくれるVo.ブランドン・フラワーズが思春期に過ごしたユタ州で、当時を思い出して作曲をした背景を含めて、こういった作品になったのも納得がいく。

そして、前作より明確に出番が増えたアコースティックギターやハーモニカなどのクラシカルな楽器、そして曲全体のドライな音像が印象に残る。これらが前作の仰々しさを抑え、自然体な作品になった要因の一つではないだろうか。

さらに今作では、様々なアーティストの影はあれど、Bruce Springsteenの色を強く感じた。既出だが、やはり彼らはアメリカのバンドだ。そのうちブランドン”ネクストボス”フラワーズと呼ばれる日が来るかもしれない。

最後に、彼らのメッセージとして個人的には「前回はみんなが求めているものに全力で応えたから、今回はパーソナルな部分をアルバムにするよ。これからもこんな感じだよ。」とアルバムを通して発信しているのではと勝手に推測している。

次作はまた180度変わっているかもしれないし、今作の流れを引き継ぐかもしれない。しかし、このような統一感ある作品を目の当たりにしたら、それがどういった方向であれ、最後までそれについていくしかないだろう。