カナダのエレクトロニック・ミュージシャンCaribou(カリブー)が8月24日、ニューシングル“You Can Do It”をリリースした。
昨年2月リリースのスタジオアルバム『Suddenly』以来およそ1年半ぶりの新曲だ。また、Youtubeでは公式MVもリリースされている。
エレクトロニック・ミュージックを軸に、アルバム毎に異なる音楽性を披露してきた彼の新作はどのような楽曲になっているのだろうか。今記事では、彼の来歴と共にニューシングル“You Can Do It”について解き明かしていく。
CaribouことManitobaことDaphniことDan Snaith
Caribouは、カナダ出身のエレクトロニック・ミュージシャンDan Snaith(ダン・スネイス)のソロプロジェクトである。初期にはManitoba名義で活動していたが、改名を余儀なくされ現在はCaribou名義で活動している。余談だが、彼は数学者としても知られており、英国の名門であるImperial College Londonにて博士号を取得するほどのインテリだ。
上の写真で佇んでいる物腰の柔らかそうな中年男性がDan Snaithである。この穏やかな外見からは想像もつかないくらいイカツく、そして多彩な楽曲が勢揃いだ。
Manitoba
2000年代前半、Manitoba名義でDan Snaithが最初にリリースしたアルバム『Start Breaking My Heart』はメランコリックな雰囲気をまず初めに受けるだろう。エレクトロニカをアルバムの大枠に据えながらも、疾走感を感じるビートメイクの“Mammals vs Reptiles”や、 ジャジーな側面を感じる“Paul”s Birthday”などが収録されている。
このアルバムだけでも彼の引き出しの多さが十分に理解できるが、これはまだ序の口だ。
2003年にリリースされたManitoba名義では最後のアルバムとなる『Up In Flames』は、エレクトロ・シューゲイザーの名盤としても名高いが、個人的にはシューゲイザー色よりも初期Pink Floydを彷彿とさせるようなサイケ色を強く感じる。しかし、ただの60年代サイケの書き写しではなく、リズムの変化や要所要所でのサウンドエフェクトは、明確に彼独自のエレクトロ・ミュージックとなっている。
“Hendrix With Ko”ではそれが顕著で、序盤でのThe Stone Rosesのような生感が強いドラムビートやリバーブ感、そしてDan Snaithの透き通った声がより一層サイケ色を強化しているだろう。
Caribou
『Up In Frames』以降改名し、Caribouとして再出発することになった彼だが、音楽性は以前と変わらず多面的で我々が思いもよらない発想を提供してくれる。
2007年にリリースされた、Caribou名義での2枚目のアルバム『Andorra』はその集大成ともいえる作品で、個人的には同年に出たアルバムの中で指折りの名盤だと考えている。
このアルバムではManitoba時代のサイケ色を残しつつも、80~90年代のソフトロック感のあるメロディや、ミニマルで反復的なクラウトロック的フレーズを取り入れている。特に、同アルバムの収録曲“Desiree”からはそのメロディ性が強く現れていることがわかる。
軸にある生楽器感、そしてメロディラインの奥ゆかしさは彼の得意技といっても過言ではない。対して、曲を通してミニマルな印象が強い”Sundialing”では、そのギャップに混乱することだろう。これがCaribouだ。これ以降も彼は手を緩めない。
3年の月日を経て3枚目にリリースされた『Swim』は明確に彼の音楽性の変化が現れた一作だ。リード曲でもある“Odessa”や“Sun”からわかるように、以前と比べ従来のエレクトロニカ要素が減り、明確な4つ打ちビートを繰り出すことでダンスミュージックを全面に押し出している。
もちろん、一辺倒なダンスミュージックではない。 過去には本人が「このアルバムで、自分を含め聴く人が”トリップ”してくれたらが幸せだ」 とインタビューで語っているように、彼の持ち味である拍感に余裕のあるサイケ色は依然として存在している。
そしてさらなる進化を果たしたのが、2014年の『Our love』、そして昨年の『Suddenly』だ。特に『Our love』では非常にダンサブルかつメロディアスで”聴かせる”楽曲が目立っており、Daphni名義の作品(ボリュームの関係上本記事では割愛する)で展開したフロアミュージック色の流れを引き継いでいるように感じる。
彼の最も著名な楽曲の1つである“Can’t Do Without You”や現代R&Bに影響を受けたと思われる“All I Ever Need”では、ハウスビートを用いており、以前よりエモーショナルさが増したメロディラインが印象的だ。
トラックのリバーブ感も相まって、以前の彼とは異なる”ドリーミーなトリップ感”が満載の作品となっている。
最新アルバムの『Suddenly』は前作を引き継ぎながらも、非常にバラエティに富んだ作品となっている。前作のメロディアスでエモーショナルな側面を強く感じる “Sister”から、ハウス色が強くダンサブルな4つ打ちナンバー“Never Come Back”まで、振り幅は相当なものである。
しかしその振り幅の中にも、彼が持つ一番の特色である「音の波の揺らし方」は一貫して受け取ることができる。アルバムの最後を飾る“Cloud Song”は最たる例だろう。不協和音ギリギリで絡み合うパーカッションやリードフレーズは一歩間違えれば不快に聴こえるが、絶妙に落とし込んでいる。これも計算された彼のテクニックなのだろう。
『Suddenly』は個人的に最も好みのアルバムだ。聴きなじみが良く、一聴しただけでもその魅力は伝わるが、 各楽曲の奥深さからは聴けば聴くほど新たな要素が発見できるだろう。『Our love』から現在までを彼の黄金期と呼ぶ声も多く、私もその1人である。これらを踏まえて、脂の乗りきっている彼が出したニューシングル“You Can Do It”はどのような仕上がりになっているのだろうか。
真っ直ぐなタイトルと曲調
ここまで紆余曲折の音楽性を書いてきたが、今楽曲は過去作と比較しても、今までにないくらいかなり直球でキャッチーな曲調だ。それは冒頭で鳴るシンセのコード感と、「You Can Do」と繰り返される声ネタからすぐに感じ取れるのではないか。前作『Suddenly』にもキャッチーな楽曲は存在したが、ここまでシンプルにまとめられているものはなかった。
個人的には冒頭の声ネタが常に前ノリで進行していくところが非常に好みだ。こういうダンスミュージックでは一定のテンポの曲が多いが、それに則った上でのアレンジは彼なりの“踊らせ方”なのだろう。そして、「そろそろイントロから動いてほしいな」と思っていたところでテーマとなるシンセの音色が変化し、本編の幕開けを感じさせる。
ビートメイクは彼の十八番だ。心地よいベロシティで刻むハイハットの拍感が聴く人の体を跳ねさせ、カットオフのかかったリードフレーズが、繰り返される 「You Can Do It」 と絡み合う。この時点で既に今曲の中毒性を垣間見せているのは明白だ。ストレートな楽曲を作らせてもしっかりクオリティの高い彼の作曲センスの高さには驚かされるばかりである。
続いては、「ブリッジ」とでも表現しようか。「You Can Do It」から「Do It」と声ネタが変化し、均一なトーンが連続することで頭の中でリフレインが起きる。そして、トラックが必要最低限の数に抑えられていることも相まって言葉の力強さを感じさせる。
終盤の盛り上がりは教科書通りのストレートな手法だ。これまでのトラックや声ネタが徐々にフレーズインすることに加え、終盤ならではの新たな音色の登場、極めつけはハイハットの裏打ちの強調など、全ての要素を据えて楽曲は最高潮に達する。しかしそれは単純に音同士を重ねているのではなく、憎たらしいほどに棲み分けられたサウンドが裏付けとなり、盛り上がりの中にも彼の風貌のような落ち着きを受け取れるのでないか。
言葉通り捉えることに不自然さがない“You Can Do It”
最初に私が今楽曲のリリース情報を得た時は、タイトルを見て「何かの皮肉か比喩なんだろう」と勝手に推し測っていた。言葉通り捉えるにはあまりにも正直すぎるからだ。しかし、それは捻くれ者のしょうもない邪推でしかなかった。
“You Can Do It”は楽曲だけでなく、犬が主演となるMVや、コンクリートの狭間で力強く咲く花が印象的なジャケットなど、楽曲以外の所からもそのメッセージ性を感じ取ることができる。聴く人を奮起させ、後押ししてくれるような雰囲気を抱いた私の感覚は間違いではないだろう。シングルでリリースした理由も、「一つの独立した楽曲」としてリスナーに届けたかったのではないかと私は推測している。
“You Can Do It”により、彼の次作はどのように変化するのか期待が大きく深まった。個人的には『Suddenly』や今楽曲を引き継いだ、振り切ってストレートかつキャッチーなアルバムをリリースしている彼も見てみたいと思った今日この頃である。